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新年の贈り物

ジュリアスに呼ばれ、相談とチェスの相手を少ししたルヴァは、帰りがてら確認の為に王立研究院に寄ってみた。受けた相談が女王試験の事だったので、気に掛かったというのも一つの理由だが、こっそりサクリアを送ってみるのもいいかも知れないと思ってしまったのが多分一番の理由になるのだろう。
自然と浮かぶ苦笑を拳で隠して、大きな扉を潜り抜ける。
日が傾き、冷え始めるこの時分は研究院の中も閑散としていて。ルヴァはそれで一日の業務が終了している事を知る。
しかし。主任であるパスハだけが、そこに残っていた。
「あー、こんな遅くまでご苦労様ですー」
労うその言葉にパスハは、はっとしたように振り向く。
「ル、ルヴァ様!」
冷静沈着な彼らしくなく、声を上擦らせ、狼狽したその様子にルヴァが首を傾げると。
パスハは捲し立てるように、告げた。
「早くこちらへ!アンジェリークから女王のサクリアが…っ」
ルヴァは眉を潜め、パスハの隣、エリューシオンとフェリシアの様子を見るための水鏡のような装置の元へと急ぐ。
そして。覗き込んで、思わず息を飲んだ。
白く透き通るような羽が、エリューシオンに降っていたのだ。
ひらひら、ひらひらと舞い降りる様は雪に似ている。
しかしそれは、具現化された女王のサクリアだ──。
そのひどく幻想的な光景の中心にいるアンジェリークは、目を閉じて、手を合わせ、一心に何かを祈っている。
神々しくて眩しくて、そして切なくて、ルヴァは目を細めた。
「やはり…彼女が…」
掠れるような声で途中まで呟き、残りは飲み込む。言ってしまったら、何かが変わってしまうような気がした。
熱に浮かされたような口調でパスハが言う。
「先程、急に大陸に降りたいと言われまして、十五分だけいう条件つきで許可しました。そうしたら…」
「このような事になった、というわけですか」
感情とは切り離されたような冷静な声を発しているのに気付き、ルヴァは自分が少し嫌になった。
想いは、そっとしまい込んでしまおう。そう決めてしまった自分がもうここにいる。
何かを諦める。その逃げるような行為は褒められたものではないとも解っているけれど。
「こればっかりは仕方がありませんよね…」
「は?」
つい口に出していたらしい。ルヴァは少し慌てて頭を振って、パスハに転移装置入口の方を指す。
「戻ってきたようですよ」
彼は、はっとしたようにそちらに視線を向けた。
「ルヴァ様!」
アンジェリークもこちらに気付いたようだ。ぱっと破顔して、声を上げる。
それに笑顔で応えて、パスハにそっと耳打ちをした。
「…ジュリアスに知らせを」
彼はしっかりと頷き、踵を返す。それを目の端に収めながら、言う。
「お疲れさまです、アンジェリーク。エリューシオンはどうでしたかー?」
ぱたぱたと駆け寄ってきた彼女は嬉しそうにルヴァを見上げた。
「みんな、元気そうでした!良かったです」
「そうですかー。それは何よりですね。…あの、アンジェリーク、聞いてもいいですか?」
うんうんと頷いて言葉を探りながら、問う。
何でしょうというように瞬きを繰り返す彼女に少しだけ苦笑してしまった。
どうやらさっきのサクリア放出は全く自覚がないらしい。
「ええと、その。どうして急にエリューシオンに行きたくなったのですか?」
「え?ああ、パスハさんに聞いたんですね。…新年の挨拶、みたいなものです」
「はぁ…」
曖昧に頷くと、アンジェリークは小さく笑って付け足した。
「エリューシオンでも新しい年を迎えたばかりなので、みんながこれからも幸せでありますように、という気持ちを込めてお祈りしてきました。こんなでも、私、天使さまって呼ばれちゃってますしね」
「祈りが力に…。そうですか…。もう、間違いない、ですね…」
「ルヴァ様?」
不思議そうに覗き込む瞳に気付き、ルヴァははっと我に返えった。
「あー、すみません。何でもないんですよー。…では、天使が新年の贈り物をしてきたというわけなのですねー」
言って微笑んで見せると、彼女は照れたように両手を振る。
「そ、そんな大層な事じゃ…っ」
「いえいえ。エリューシオンの民達はきっとそう思いますよー。ふふ、素敵ですねぇ」
狼狽する彼女の様子が可愛らしくて、温かいものが心に満ちてくる。
けれど、それと同時に甘く痛んだ。もう、こうしていられる時間は長くないのだ──。
「さて。もう遅いですし、送って行きますよ、アンジェリーク」
そんな鬩ぎ合うものを必死に隠して、ルヴァは彼女に向き直った。
「はいっ、ありがとうございます」
何も知らないで彼女は笑う。
その鮮やかな笑顔を焼き付けるように見つめて。それから、ぽつりと告げた。

「何があっても絶対あなたを守りますから、ね──」

新女王誕生まであと僅か。