natural beauty
夕闇の中、白い女王装束に身を包んだ彼女がふわりと笑う。
その姿に魅入って瞬きを忘れていると彼女は言った。
「ルヴァが好きよ」
「──……あなたは女王です」
やっと出た声は掠れて情けない程頼りなかったけれど、彼女は特に気にした風でもなく頷く。
「そうね。女王だわ」
「だったら…」
言いさす私に彼女はくるりと背を向けて、一歩先を行く。
「でも『私』がルヴァを好きなの。…それは誰かに止められるものではないわ」
凛とした声に息が詰まった。
「別にルヴァがどう思っているかとかは聞かないわ。あなたは応えられない、でしょう?」
振り返り、見透かしたように笑う。
「ただ、私の気持ち(ほんとう)を知っていて欲しかっただけだから。」
言って、彼女はすり抜けるように脇を駆け抜けていく。
追うことも出来ずに、私はただその場に立ちつくした──。
*
「あの時の、夢……ですか」
硬いベッドから身体を起こして、呟く。
冷えた空気がぼやけた頭を強引に覚醒させ、今の現状を思い出させた。
ここは白き極光の惑星・風花の街の宿屋だ。
皇帝と名乗る者に聖地を乗っ取られ、そして女王である彼女も囚われてしまっている──。
その事を思うと自然とため息が漏れた。
現状は芳しくないのだ。
一刻も早く救出に向かいたい。けれど、次々と障害にぶつかって、なかなかそこに辿り着けない。
気ばかりが焦る。表面上、出さないようにはしているが、感づいているものもいるだろう。
「まだまだ修行が足りませんねぇ」
苦笑して、上着を羽織る。
夜明けまではまだ時間がありそうだが、目が冴えてしまって眠れそうになかった。
少しそこら辺を散策してくるのも良いだろう。
そう思い、ルヴァは寝息を立てるゼフェルとマルセルを置いて部屋を出た。
*
吐く息が白く濁る。
薄暗い中を一人歩き、ルヴァは何度目かのため息をついた。
あの時の事を思い出すだけで、胸が締め付けられる。
『守護聖だから』
そう理由を付けて、逃げてしまう自分がほとほとに情けなかった。
「…どうして私はいつもこうなんでしょうねぇ」
「何がだ?」
独りごちた言葉に声が返ってきて、慌てて振り返る。
すると、そこにはアリオスが立っていた。
「アリオスは随分早起きなんですねぇ」
「そんなわけねえだろ。俺はこれから宿に戻って寝るところだ」
「…まさか、今までずっと飲んでたんですかー?」
「まあな。オスカーやオリヴィエはまだ飲んでるぜ」
ちらりと酒場の方に視線を遣って、アリオスは肩をすくめる。
「あー、ちゃんと朝起きれるんでしょうかねぇ。少し、注意してきた方がいいでしょうか」
「ガキじゃねーんだから、ほっといても大丈夫だろ。それよりジュリアスにバレなきゃいいって思うけどな」
ニヤニヤと笑うと彼は宿屋に向かって歩き出した。
何となくつられて一緒に歩き出すと、アリオスが苦笑する。
「あんたも何悩んでるんだか知らねぇけど、あんま情けない顔してるなよ?アンジェリークが心配するぜ」
「…ええ、そうですねぇ」
頷いて、笑ってみせる。
彼はもう一人の彼女を指したのだろうが、私の脳裏には『彼女』の姿が浮かんだ。どうしても、『彼女』の事しか考えられない。
「アリオスは身分ってどう思いますか?」
何となく問うと、彼は冷たい声で答えた。
「……雁字搦めにする鎖」
「アリオス?」
いつものアリオスとは微妙に違って見えて、思わず呼びかける。
すると、スイッチが切り替わったかのように彼は意地悪げな顔になった。
「なんてな。…身分違いの恋、か?お前の悩みってやつは」
「っ?!」
思わず絶句すると、アリオスはくつくつと面白そうに笑う。
「ふーん、成る程ね。そんな顔するなよ、他の奴らには秘密にしといてやるから」
「べ、別に私はそうだとは言ってないじゃないですかー」
「でも、違うとも言ってないよな?」
心底面白がってる風なアリオスを精一杯睨み付けると、彼は怖い怖いと言ってさっさと先を行ってしまった。
憮然としてその後ろ姿を見つめていると、囁きのような声が微かだが聞こえてきた。
「後悔だけはしないようにしろよ」と。
深い悲しみが潜んでいる様なその言葉に何を言ったらいいのか解らなくなって、私はただ頷く。
確かに、後悔はもうしたくない──。
小さくなっていく背を見送りながら、空を見上げた。
「どんな事をしても、あなたを必ず助けますから…。待っていて下さいね、アンジェリーク」
遠くの彼女へと呼びかける。誓うように、そして祈るように。
ひらひらと舞い降りてきた雪が頬に触れて溶けた…。
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