日輪草
太陽が真上に昇り、影を短くさせる。
気温は少し汗ばむぐらいに暑い。ここでは珍しい事だ。
やはり、そろそろ限界…なのだろうか。
少しずつ。でも、確実に滅びへと向かっているこの宇宙に残された時間はどれぐらいあるのだろう。
意識を飛ばして、そんなことを考えていると声が聞こえた。
「ルヴァ様、ルヴァ様!」
庭先からアンジェリークが私を呼んでいるようだ。
すでに頭に入らなくなっていた本から目を離して、そちらに視線を遣る。
「あー、どうしましたか?」
薄いピンクのワンピースを着た彼女の姿が目に映った。
「良いこと思いつきました!」
ホースを手にし、庭の草花に水をやりながら彼女が目を輝かせる。
何故かアンジェリークは私の館の庭にこうして水まきをするのが好きらしく、日の曜日になるとひょっこり遊びに来る。
個人的にはものすごく嬉しいのだが、不思議でたまらない。
「良いこと、ですか?」
「はい!ここに向日葵の種、蒔いてもいいですか?」
彼女が指さした方を見て、私はしばし黙り込む。
それはあらゆる可能性を考えていた為の沈黙だったのだけど、彼女は意味を取り違えたらしい。
「…駄目、ですよね。やっぱり」
「あ、あー、別に構いませんよ~。あなたさえ良かったら、ね」
明らかにしょんぼりとしてしまった彼女に、やや慌てて言う。
――アンジェリークの落胆した姿を見るのは私にはとても辛いことだから。
私の言葉にぱぁっと笑顔を取り戻した彼女はこくこくと頷いた。
(こんな顔が見れるのなら、どんな無茶な事でも我が儘でもなんでも聞いちゃいますよねぇ)
こっそりと胸の内で呟いて、肩をすくめる。
「ルヴァ様、ルヴァ様。種、ありますか?」
「ええ、確かあったと思いますよ。ちょっと待って下さいねー」
言いながら、棚の前に移動して戸を開ける。
種類別に分けておいた種子のケース一つを手に取ってから、また戸を閉めた。
「ええと、これはスイカ。これは朝顔、と。ああ、ありましたよ、向日葵の種」
小さな瓶をつまみ上げ、アンジェリークの方に向き直る。
「あー、どれぐらい必要ですか?」
彼女の待つ縁側へ歩み寄り、腰を落とした。
「いっぱい!」
「はいはい。いっぱいですね~」
彼女の手のひらの上に、しま模様の種をさらさらと出す。
「ふふ、ここに向日葵畑が出来たら素敵だろうなぁ」
「そうですね~」
楽しそうな彼女に頷いてから、言う。水浸しになっている地面に苦笑いを浮かべながら。
「とりあえず、水は止めてきた方がいいですよー」
「あ!いけない!」
アンジェリークは慌てて、蛇口の方へと向かった。
ぼんやりとその後ろ姿を目で追って、息を吐き出す。
愛おしい、という気持ちはどうすれば止めることが出来るのだろうか。
「誰にも止められない、ですよね」
小さくそう呟くと、彼女が振り向いた。
「え?」
「何でもないんです」
私は曖昧に微笑んで、言葉を濁す。
「一緒に種、蒔きましょうかー」
「はい!」
『あなたを見つめています』。
それは向日葵の花言葉。
そして私の──…。
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