top> main > Angelique > ある晴れた日、アルカディアにて…

ある晴れた日、アルカディアにて…

「陛下、ロザリア。調査の途中経過の報告に参りました」
「あ、ルヴァ。ちょうど良かった。今、お茶をいれようと思ってたのよ」
私がドアを開けると、そこには女王である彼女一人の姿しかなかった。
「おや、ロザリアはいないんですか?」
首を傾げながら、彼女に聞くと
「今、仲介にいってるの」
ジュリアスとクラヴィスの所よ、と少し苦笑を浮かべて答えた。
ああ、と頷いてつられたように苦笑する。
確かに彼らが仲が悪いと育成に支障がきたすだろう。
もう一人の『女王』の苦労を察して、うんうんと頷く。
「では、報告はロザリアが戻って来てからの方がいいですね」
「ええ。お願い。…はい、紅茶だけどいいわよね?」
言いながら湯気を立てるカップを私に差し出して、彼女は微笑んだ。
その笑顔には、疲労の色が窺えた。上手に隠してはいるがどうしても気が付いてしまう。
「ありがとうございます。あの、陛下…」
何?というように顔を上げた彼女を見つめて、言葉を継ぐ。
「私に出来る事があったら、言って下さいね」
「ルヴァには色々な事、やって貰ってるじゃない。…あまり無理しないで。少しやつれたみたいだもの」
「そんなのはあなたやアンジェリークに比べたら全然ですよ」
「私は大丈夫よ。でも、気持ちはとっても嬉しいわ。ありがとね」
「陛下…」
ふふ、と笑うと彼女は窓辺へと歩み寄った。そして外を眺める。
「ここは本当に綺麗な所よね。アルカディアという名はぴったりだと思うの。…ねぇ、ルヴァ」
振り返って、彼女が言う。
「あの子の、アンジェリークの力になってあげてね。私より、彼女の方が辛い思いをしているはずだから」
全てを背負わされてしまった少女を思って、彼女は泣きそうな顔で微笑んだ。
「勿論ですよ、陛下」
「ありがとう」
頷いた私に彼女は安堵の色を浮かべる。
「それにしても、いい天気よね。散歩行きたくなるぐらい。こっそり何処か行っちゃわない?ルヴァ」
打って変わったような口調そんな事を言い、彼女は伸びをする。
「ふふ、そうですねぇ。行きましょうか。…って、ロザリアに見つかったら怒られちゃいますよー」
「そうね。ロザリアは怒ると怖いしなぁ」
他愛無い話をして、くすくすと二人で笑う。
今はわざわざ重い話をしなくても、いい。
後で嫌という程しなければならないのだから。
「でも、見つかったら逃げちゃえば…。あ」
彼女は不意に口を閉ざし、壁に体を預けた。
そしてそのまま、ずるずると床に座り込んでしまう。
「陛下?!」
持っていたカップを投げ捨てるような勢いで放り、私は彼女に駆け寄った。
がちゃん、と派手な音がしたけれど、そんな事には構っていられない。
「平気。ただちょっとくらっとしただけ」
「眩暈、ですか。今日はもう、休まれた方が…」
「大丈夫よ。こうしてればすぐに治まるわ」
こんな弱々しい笑顔でそんな事を言われてもそうですかと納得出来るわけがなくて、徐に彼女を横抱きに抱き上げた。
「ちょ、ちょっと、ルヴァ」
「暴れないで下さい。失礼は重々承知してます」
「でも、大丈夫だって言ってるでしょ。まだやらないといけない事が…」
「アンジェリーク」
名前をはっきりと呼んで、有無を言わせない笑顔で言葉を継ぐ。
「私はあなたが心配なんですよー。無理、無茶を平気でやりますからねぇ。人には注意したりするのに、どうして自分の事にはこんなに無頓着なんですか」
大仰に肩をすくめてみせる。
彼女、いや、アンジェリークは言葉に詰まって、頬を少し膨らませた。
「ロザリアもきっと、今のあなたを見たら今日の予定は全部キャンセルすると思いますよ。いいですか、もう今日は休んで下さい」
「…はい」
降参したように、上目遣いで私の顔を見、渋々ながらも頷いた。
その様子に嘆息を飲み込んで、奥の寝室にある天蓋付きのベットに彼女を横たえる。余さずロザリアにきちんと伝えようと強く思った。これだとまた同じことをしかねない。
すみませんでしたと無礼を詫びて目を合わせた時、躊躇いがちな小さな声が掛かった。
「…ねえ、あの子の前でターバンを取る日は来るの?」
唐突な質問に息を詰める。どうしてと問い返したい気持ちを押し込んでから緩く首を振った。
「いいえ。ありのままの自分を見せたい相手は彼女ではないので」
それでは、と言い置いて逃げるように退室する。
制御出来なくなりつつある感情に私はただ天を仰いだ。