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クリスマスキャロル

「陛下。雪が止んでしまいましたよ」
ロザリアは振り返って、卓上時計を眺めているアンジェリークに言う。
何かを考え込んでいるような表情の彼女は返事もせずに、ただ、秒針の動きをずっと目で追っていた。
それはまるで誰かが来るのを待っているかのよう。
「ねえ。あんたらしくないわよ。…自分から行ってきたらどう?」
つかつかと側まで近づいて、ロザリアは時計を取り上げた。
「うん。確かにそうなんだけど。これ以上、好き勝手出来ないなあって」
苦笑を浮かべて、アンジェリークは頬杖をつく。
少しの間だけ雪を降らせるという我が儘をきいて貰ったという負い目があるのか、彼女はそれ以上のことをしようとしない。
ロザリアにはそれがまどろっこしくて仕方がないのだが、アンジェリークは全く気付いていないようだ。
「折角のクリスマスなのに」
「それはロザリアも一緒でしょ?それに私が行ったってきっと迷惑なだけよ」
「それは…」
違うと言いかけたロザリアは不意に口を閉ざした。そして、目を凝らすようにして窓の外をじっと見つめる。
大きな木の下で何かが動いたように見えたからだ。
しばらくそのまま凝視して、突然にその正体に気付く。
「アンジェ!早く外に行きなさい!」
世話の焼ける友人に早口でまくし立てて、背中を押した。
「え?ちょ、ちょっと、ロザリア?どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわ。行かないと後悔するわよ。早く行って!」
ただ困惑するアンジェリークを何とか玄関まで連れて行き、ロザリアは腰に手を当てて言い放った。
「いいこと?今から明日の朝まであんたは女王じゃなくて、ただのアンジェリークよ。わかったら、とっとと行って…幸せな時間を過ごしてきなさい」
「ロザリア」
「ほら、行って。後のことは心配いらないから」
ロザリアは言いながら、ドアを開ける。
いつもより冷たい風が吹き込んできて思わずアンジェリークは目を瞑った。
「しっかりね。素直になるのよ」
耳打ちするようなロザリアの声が聞こえて。
アンジェリークはそっと目を開いた。
さっきまで雪が降っていたことが信じられないぐらいの星空が映る。
風が髪の毛を撫でていった。
ぼんやりとしばらくそのまま空を見上げて。
そして、気付いた。自分が呼ばれた事に。

「陛下」
一番聞きたかった声がすぐ側で聞こえて、アンジェリークは慌てて辺りを探す。
まだ目が暗さに慣れてなくて、その姿は見つけづらい。
「ここですよ、陛下」
もう一度、聞こえた声でやっと彼の姿をとらえた。
胸がいっぱいになって声が出ない。
「こんばんは。あの、陛下に…」
何かを言いかける彼、地の守護聖ルヴァにアンジェリークは抱きついた。
そして、駄々をこねる子供みたいに言う。
「ルヴァ様、今は『陛下』とは呼ばないで下さい」
その言葉に驚いたままだったルヴァの顔に微笑みが浮かんだ。
「アンジェリーク」
そっと優しく抱きしめられて、何だか無性に泣きたくなる。
「ありがとうございました。雪を見せて貰えるなんて…。こんな素敵なプレゼントは初めてです。とても嬉しかったですよ」
「喜んで貰えて私も嬉しいです」
泣き笑いのような顔で、アンジェリークはルヴァを見上げた。
何処からか微かにクリスマスキャロルが聞こえてくる。
空は急速に雲に覆われていき、白いものが降り始める。
「ライスシャワーのようですね」
その言葉に驚いて瞬きをすると、ルヴァは自分の言った事に照れて視線を彷徨わせた。
「…そうですね」
くすりと笑って、ねだるように目を閉じる。
それに応えて唇が重ねられた時、遠くから鐘の音が聞こえた。

――ごめんね。私の我が儘を一つだけ許して欲しいの――
皆に告げた言葉をアンジェリークは不意に思い出していた。
「どうかしましたか?」
その声にはっと我に返る。
覗き込むようにして問う愛しき人にと大した事じゃないと微笑んで言う。
「私は我が儘で欲張りだな、と思っただけです」
「そうですか?うーん、でもきっとあなたより私の方が我が儘で欲張りですよ」
ルヴァは何処か自嘲気味に笑い、空を見上げ言葉を継ぐ。
「ずっと、あなたを放したくないと思ってますしね」
「え?」
聞き返したアンジェリークにルヴァは曖昧に微笑んだだけだった。

雪がしんしんと降り続ける。
今度はもしかして溶けないで積もるかも知れない。
そんな事を思いながら、二人は手を繋いでゆっくりと歩き出した。