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love letter

それはまるで白い鳥のように見えた。
陽が眩しくて目を細めて、それの軌跡を追う。
青い空にその白い色はやたら鮮やかで、何だか彼女と初めて会った時を思い出した。
──あの日もこんな天気でしたね。
眩しいぐらいに照り輝く太陽の下、まだ互いの素性も知らなかった私達は出会った。
二言三言、言葉を交わし何となく空を一緒に眺めた。
秘密のものを見つけたみたいな胸の高鳴りを覚え、私は内心ひどく驚いたのだっけ。
それは欠落していると思っていた感情だったから。
思い出して、口に苦笑を浮かべる。
後日、再会した時のお互いの驚きようはきっと尋常ではなかったのだろう。
ポカンとして二人を見ていた同僚達の顔を思い出してくつくつと笑う。
「あれから、何日経ったんでしょうね」
そんな言葉を呟いて、また空に目を遣ると。
目前に白いものが迫ってきていた。

「うわぁっ!?」
顔を覆ったそれに驚いて、私は尻餅をつく。
風でかさかさと微かな音を立てているそれを顔面からひっぺがして、目を瞬かせた。
「便せん?」
声に出して確認しなくても、それは便せんだった。
白い鳥のようなものの正体が解ってしまってなんだか少しがっかりしたような気がしなくもない。
ふと、前方の低木を見るとそこにも同じものが引っかかっていた。
──どうして、こんな所に
疑問を口に出す前に、その便せんに書かれた文字にはっとする。
これは彼女の字だ。
しかも、私宛になにやら途中まで文章が書いてあった。
途中で失敗したのだろう、何やらごちゃごちゃと字を黒く潰してある箇所を発見して私は首を傾げる。
少し先の方にも便せんが落ちているのを発見した。
もう少し先の方にも。
ヘンゼルとグレーテルのお話を思い出して、少し笑う。
目的地へと続くパンの欠片もとい、便せんを辿っていけばきっと…。

9枚目の便せんを丈の長い草の中から拾い上げる。
それも他の8枚と違うことなく、何やら途中まで文章が書いてあった。
しかし、書かれている内容は他のとは明らかに違う。
今までのは時節の挨拶のようなものが書かれていたのに、今 手にしているのは彼女の気持ちが書かれているようだ。
『特別な日だから勇気を出して書きます。私は…』
そこでまたぐちゃぐちゃと文字が潰してあった。
──何を私に伝えたいのでしょう?
最後に拾う便せんには答えが書いてあるのだろうか。
それとも彼女の口から直接それを聞くことが出来るのだろうか。
『私は』の続きを知りたい、そう思った。
足を早める。
鼓動も早くなる。
数枚また拾い、立ちふさがる茂みを割った。
…すると、そこには。
幸せそうな顔をして、眠っている彼女がいた。

「……」
名前を呼びかけようと口を開いた時、最後の一枚がひらりと私の前に落ちてきた。
更に鼓動が早くなる。答えが明らかになる時がついに来た、と思った。
でも。
答えはそこには載っていなかった。
それは真っ白な何も書かれていない便せんだったから。
結局は彼女の口から聞くしかないのだろう。
息を吐き出し、改めて彼女に視線を向ける。
ふと、何かすぐ側に小さな箱が置いてあるのに気付いた。
プレゼント、のようだ。
──誰からのものでしょうか…?
胸がもやもやした。嫉妬、なのかも知れない。
「んー…?」
アンジェリークがゆっくりと目を開けた。
ぼんやりと私を見て、ほんわりと溶けるよなうな笑顔になる。
「ルヴァさまだー。ふふ、まだ私 夢見てるのかなぁ」
「えーと、アンジェリーク?」
クスクスと笑う彼女に声を掛ける。
「…もしかして、夢じゃない?!」
「すみません、そうなんです」
私の言葉に彼女はガバッと起きあがって、慌てて小さな箱を後ろ手に隠す。
「あ、あの。何か見ました?」
「プレゼントの小箱は見てしまいましたが…」
苦笑を浮かべて、私は答えた。
見られたらマズイものだったらしい。少しショックだ。
「そうですか。見ちゃいましたか」
力無くアンジェリークは笑うと、隠した箱を前に出した。
「あー、気にしないで下さい。あなたが誰かからプレゼントを貰っただなんて、誰にも言いませんから」
「へ?」
「大切な人から貰ったんでしょう?秘密にしておきたいものですもんね」
胸の痛みをひた隠し、私は微笑んでみせる。
「違いますっ!何で誰かからのプレゼントだなんて思うんですか?」
彼女は私にその箱を差し出した。
「え?」
間の抜けた声を上げて、まじまじとその箱を見つめた。
「これは、ルヴァ様へのプレゼントなのに」
困ったようにアンジェリークは私を見上げていた。
──私に?
──プレゼント?
「お誕生日おめでとうございます、ルヴァ様。ホントはもっと驚ろかせたかったんですけど。あはは、詰めが甘いですよねー」
その言葉に、やっと納得がいった。
そうだ。今日は私の誕生日だった。
「ルヴァ様?」
何処か心細そうな声でアンジェリークが私の名前を呼んだ。
それが引き金となって、私は彼女を抱きしめていた。持っていた便せんがぱさぱさと落ちていく。
「あ、あの、ルヴァ様!?ど、どーしたんですか?それにその便せん、もしかして私の?!」
こみ上げてくる気持ち。こぼれそうな言葉を押さえる為には、口を閉ざす他無くて。
──あなたが、好きです。
──とてもとても、好きです。
言ってはいけないから。弁えなくてはいけないから。
ただ、押し黙る。
アンジェリークは何故か大きく深呼吸して、言葉を紡ぎだした。
「あのっ!私、その便せんに書いてルヴァ様に伝えたい事があったんです。…聞いてくれますか?」
私はこくり、と頷く。
それを見て、彼女は続ける。
「ルヴァ様が…好きです」
──すき…?
「私を?」
やっと声を出す。他の誰かでなくて、私の事を?
ぽて、と額を私の胸に預け、アンジェリークはもう一度言う。
「ルヴァ様が好き」
──私の事を好き。
じわじわと言葉が染み込んでくる。
「これは、ラブレターだったんですね…」
足下を舞う便せんに目を遣り、呟いた。
知りたいと思った事はこんな嬉しい事だったなんて。
思わず、言葉を解放する。
「ありがとう、アンジェリーク。…私もあなたが、好きですよ。それはもう、とてもね」
初めて会って、初めて言葉を交わした時からずっと。
守護聖にあるまじき事だろう。でも、どうしても言わずにはいられなかった。
罰でも何でも受ける決意をこっそり固める。そんなものと引き替えに彼女と一緒に居られるならそれでいいと思う。
その時。ざぁ、と風が吹いた。
便せんが空へと舞い上がる。
「あっ」
彼女が声をあげた。
「こうして見ると、白い鳥が飛んでるみたい」
「ええ。鳥のようですよねぇ」
前みたいに一緒に空を見上げて、ふふ、と私達は微笑んだ。