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永遠微熱

 好きだと認めてしまってから、三年が過ぎていた。背中からはランドセルが消え、代わりに着るようになった制服は少しだけ大人に近づけたように思わせたけれど、実際はそう変わったということない。相変わらず、彼女の中で尽は子供で弟だった。それは当たり前で、しょうがない。普段はそう思ってやり過ごしているけれど、こうしてあまりにも無防備な姿を晒されていると泣きたくなってくる。
「オレだって男なのにさ。絶対それ解ってないよな、ねえちゃんは」
 嘆息混じりに呟いて、いつの間にか同じベッドで眠っていた姉を見下ろした。しっかりと尽のパジャマの袖を掴んでいる所を見ると寝ぼけたわけではなさそうで、それが酷く頭を痛くさせる。大方、この夏の時期特有のテレビ番組でも見て怖くなったからだろうが、それだからと言って布団に潜り込まれるのを仕方ないと思うわけにはいかなかった。尽にだって、理性の限界はある。今は辛うじて抑えているけれど、いつそれが臨界状態になるかなんて解らないのだ。
「……襲われても文句言えないぞ」
 口に出したそれに、尽は自分でぎくりとした。意識すると余計に危ないらしい。柔らかそうな身体を無茶苦茶にしたい衝動に駆られて、慌てて視線を姉から逸らした。落ち着けるように、ゆっくりと息を吐く。
「拷問だな、こりゃ」
 思わず漏れた本音に口元を歪めると、腕が少し引っ張られた。ぎょっとして視線を戻した尽は、しかしそこにあった変わらない寝顔に心底安堵する。どうやら少し身じろぎをした際に、掴まれたパジャマも一緒に動いただけのようだ。
「ったく、おどかすなよ。起きたかと思ったぞ」
 あどけない表情にそっと言って、シーツに落ちて広がった髪を梳く。力を入れずに掴んだそれを口元に近づけて唇で触れた。
「安心しきった顔しちゃってさ。ずるいよな、ねえちゃんは。ヒトの気、知らないからって、いくら何でもこれは無神経過ぎだっての」
 ぼやくと同時に手を開くと、指の間をさらさらと通った髪がまた落ちる。尽はそれに引かれるみたいに顔を彼女に寄せた。どくんと心臓が大きく跳ねるのを感じる。
「──……好きだ」
 堪えきれず、吐息のような小さな囁きを降らせて唇を重ねる。刹那のそれは切なさと罪悪感を募らせた。尽は身体を起こして、ぐっと奥歯を噛みしめる。それから、パジャマのボタンを外して上着を脱いだ。──自由になった身体をするりと彼女から離す。
「今は、オレが側に居たほうが危ないから」
 届かないと知っていたけれど、尽はそう告げて笑みを作った。柔らかく頭を撫でてドアへと向かう。
「おやすみ、ねえちゃん」
 肩越しに言い置いて部屋を出た尽は、そこで長く息を吐き出した。廊下は暗く、朝が来るまでにはまだ時間があることを伝えてくる。
少しだけひんやりしたそこに座り込んで、自嘲気味に呟いた。
「ヤバいよな、最近。抑えられなくなってる気ぃする」
 思い出した先の行為に、指で唇をなぞる。姉にああして触れるのは実は初めてではなかったが、だからこそまずいと感じていた。余計に想いを加速させる要因になっているかも知れない。ただ隣に居続けたいのに、このままではそれが叶わなくなりそうだ。そのうちきっと姉だけを欲してしまう。
律するように目を伏せてから、尽は壁に寄りかかった。悪友である玉緒は否定しないと言ったけれど、この感情はやっぱりあってはいけないものだと最近特に思うようになっている。こうして壊してしまいそうになる都度に。
小学生の頃はただ好きな気持ちだけで良かったけれど、もうそれだけでいられないのだ。成長と共に厳しい現実を受け入れた時、選べたものなんてたかが知れていた。
「それでも、オレは……」
 それに続く言葉は空気を震わせることなく、今度は胸へとしまわれた。いけないと思う気持ちに反して、悪くないとどこか挑むようにそれを受け止めている自分がおかしい。
「重症でもう手遅れってことか」
 何となく呟いた自分のセリフを気に入って、尽はゆっくりと瞼を下ろした。この熱に浮かされるような想いは例え辛くても、もう永遠に消えることはないと知っている。

* *

「ちょっと尽! 尽ってば!」
 肩を無茶苦茶に揺すられて、尽は夢から現に呼び戻された。どうやら、そのまま廊下で眠り込んでしまったようである。変な姿勢でかたまった身体が少し痛い。
明かり取りの窓から入る朝日と、それを背に携えたみたいな姉がひどく眩しかった。思わず目を眇めると、柔らかな声が降ってくる。
「良かった。居ないと思ったらこんな所で寝てるんだもん。びっくりさせないでよ」
 安心したように笑う彼女に鼓動が早まる。それを悟らせないような表情を作った尽は大仰に伸びをして見せた。
「あーもう全然寝た気がしないよ、誰かさんのおかげでさ」
 嫌味な口調のそれにあっさり引っかかった姉はあからさまに顔を顰める。あまりにも予想通りのその反応に尽は堪えきれなくなって吹き出した。
「狭苦しくして寝辛くさせちゃったこと、ちょっと悪かったなぁって思ってたのに! なにその態度! 感じ悪いよ尽!」
「あのな、ねえちゃん。ちょっとじゃなくてだいぶ悪いから」
 呆れたように言ってやると、すぐに微妙にずれた反論が返ってくる。
「だって昨日の心霊特集ってすごい怖かったんだよ!?あれ見たら一人じゃ寝れなくなっても仕方ないと思う!」
「わざわざそんなの見るのが間違ってんだよ」
 それに、と尽は彼女の手を取って強引に引き寄せた。唇の触れそうな距離で言葉を続ける。
「霊なんかより人のがよっぽど怖いんだぜ?」
 凍り付いたみたいな姉に悪戯っぽく笑んでから、本気の警告をわざと少し茶化してやった。
「ねえちゃんトロいし抜けてるからさ、油断してたらすぐに食われるぞ。こんな風に。」
「べ、別にとろくないし抜けてもない……っ」
 思い切り尽を押し退けると、真っ赤な顔で睨んでくる。込み上がってくる愛おしさに目を細めたら解ってない彼女は更に機嫌を悪化させたようだった。
「ベッド取っちゃったこと、もう絶対謝ってなんかあげないんだからね馬鹿尽!」
 言うに事欠いてそれを口にする姉はたまらない。尽は降参するみたいに両手を上げて、我慢できずに笑い出した。