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versus

「なあなあ、和馬!自分はホワイトデーどうするん?」
「は?ホワイトデー?」
前を歩く姫条と鈴鹿の声が嫌でも届いて、尽は大きく息を吐き出した。
姉が彼らの分のチョコレートを作っていた事は知っていたが、正直、ものすごく面白くない。

──他の奴なんかにあげないでオレだけにくれれば良かったのに──

本人の前では憎まれ口ばかり叩いて決して言えない本心を、そっと胸の内で呟いた。
弟故の独占欲で──否、もしかしたらそれ以上のものなのかも知れないが、尽はイライラを募らせて、やや足を速める。そしてぴたりと二人の後ろにつくと、ぎっと睨み付けた。
「自分かてあの子にチョコ貰ったんやろ?」
「な、な、ななな、何で、おまえがそんな事知ってるんだよ!」
やたらはしゃいだ様子の姫条は鈴鹿の背中をバシバシと叩く。
どうやら全然尽に気付いてないらしい。
「そりゃ、壁に耳あり障子に目あり、和馬の心はちり紙並ってな!」
「わっけわかんねぇ…」
「つまりな、薄っぺらくてスケスケでお見通しっちゅー意味や」
得意げに解説する姫条に呆れて、尽は言葉を失う。
「…………別に、飴とかでいいんじゃねぇの?」
どうやら鈴鹿もそうだったらしい。かなりの間を空けて、話を戻すようにぼそりと呟いた。
「飴やて!?ホワイトデー言うたら、マシュマロやろ!」
特にそれを気にするでもなく、姫条は応じる。
「そ、そうなのか?」
素直に鈴鹿がそれを鵜呑みにするみたいに聞き返した所で、いい加減うんざりし始めた尽が割って入った。
「どっちでもそうたいして変わらないんじゃない?」
「うわ!!!」
「どっから沸いて出たん!?」
驚いて振り返った二人を尽は頭の後ろで手を組んで、冷めた目で見上げる。
「オレはさっきからずっとここに居たんだけど?お前らが気付いてなかっただけでさ」
「うーわー。なんかめっちゃ可愛くないガキやなぁ」
引きつりつつも笑みを浮かべる姫条に、尽は極上の笑顔を返した。
「そりゃ良かった。可愛いなんて思われたくないしね」
余裕のある素振りで、二人の間をわざとすり抜けていく。これは精一杯の牽制。
「言っとくけど。お菓子はやめた方がいいと思うよ?」
数歩先を行った所で尽は肩越しに振り返る。
「何で?」
鈴鹿が首を傾げるのを見遣ってから、尽はゆっくりと告げた。
「そりゃ、オレが作るものに敵わないからに決まってるだろ?」
にっこりと可愛らしく笑ってみせてから、尽は呆然とした二人を置いて歩き出した──。


知らないうちにランドセルの肩ひもをきつく握りしめていた事に気付く。
本当に余裕なんて、全然ない。
自嘲気味に喉の奥で小さく笑うと肩の力を抜くように息を吐き出して、空を見上げた。
三月の春の始まりみたいな青が尽の上に広がっていた。

「材料、買っとかないとな」

まだ誰にも姉は渡せない。