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スパイシーハニー

「あれ……?」
重い瞼を持ち上げると、ぼやけた視界に映ったのは寮の自室でなかった。神崎透は回転の鈍くなっている頭で記憶を手繰る。と。
「あ、透さん起きた? そろそろ声掛けようと思ってたんだ」
モップを手にした彼女がいつものように笑顔を向けてきて彼は頷く。思い出した。馴染みのレストランに来て食事をしていたのである。
「疲れてるね」
「まーね。ちょっと撮影とかでトラブって……」
そこまで言ってから、はっと気付いた。テーブルに視線を落としたが何処にも見当たらない。
「なあ、俺のエビチリは?」
透の言葉に彼女は吹き出した。ごめん、と謝りながらも止まらないみたいにくすくすと笑い続ける。
「なんだよ」
「いや、だって思い出しちゃったから。透さんてばエビチリ食べながら眠っちゃったんだよ。料理の中に顔を突っ込みそうになったから慌ててお皿は下げさせて頂きましたけど」
涙が出たのか目尻の辺りを指で押さえて彼女は続ける。
「よくホームビデオとかで小さい子が食べながら寝ちゃうのとかってあるでしょ。あれみたいで可愛かった」
「可愛いとか言うな、バーカ」
全く記憶にない。照れくさいやら小さい子と言われたことに腹が立つやらで透は顔を背けた。すっかりそんな素振りに慣れている彼女はそれに焦ることなく声を掛けてくる。
「殆ど食べてないからお腹空いてるでしょ。持ち帰り用に包んであるよ」
ちょっと待ってて、とキッチンへ戻ろうとした彼女の手を掴んで身体ごと引き寄せた。驚いた彼女の手からモップが離れて床に落ちる。乾いた音が響いたが気にせずに透は噛み付くように唇を重ねた。
「ん、ちょ、とおる、さん……っ」
駄目だよと言うみたいに胸の辺りを叩いてくるが、無視していつもよりも執拗に口内を攻める。反抗するみたいな態度はそんなに長くは保たなくて、彼女はやがて降参するみたいに身体を預けてきた。力が入らなくなったと言ったほうが正しいかも知れない。
「子供扱いした罰」
舌を出して見せてから告げると力無く睨め付けてくる。それに極上の笑みを浮かべた。
「もう片付けも終わりなんだろ? お前の部屋で食べる」

* *

彼女の部屋はレストランの二階部分を使用していて、店の奥の階段から入ることが出来るようになっている。外側にも階段はついていて、普段の出入りはそちらからしているようだが、二人の時は店内から直接部屋に行くようにしていた。初めて案内してくれた時に誰に見られるか解らないでしょ、と言った少し寂しげな彼女の顔が忘れられない。アイドルである自分を誰よりも応援してくれていて、いつだって一歩引いている彼女が珍しく見せた本心のようなものに透はその時、ぞくりとする程の喜びを覚えたのだった。
「あの、透さん」
思考から声で呼び戻される。腕の中の彼女に視線を落とすと、肩越しから振り返ったみたいな姿勢の困惑したみたいな目とぶつかった。
「疲れてるんだよね?」
確認するみたいな問いに首を傾げる。
「そりゃ、疲れてるよ?」
答えてから最後の、一番下のボタンを外し終えてコックコートのあわせをはだけさせた。露わになった肌に指を這わせる。
「じゃ、じゃあ、なんで、しようとしてるの? エビチリ食べるって言ってなかったっけ!?」
一々反応して身体を震わせながらも言いたかったらしいことをやっと理解して頷いた。
「疲れてる時ほどしたくなるもんじゃん。セイゾンホンノウってやつ?」
下着を上にずらして先端を軽く摘むと悲鳴に似た声が上がる。相変わらずの感度の良さに口元が緩む。
「でも、疲れてるなら、休んだほうが……」
少しだけ苛ついて、言い募る彼女の肩に噛み付いた。
「お前は俺の何って前も言ったよな? お姉さんでもマネージャーでもないって」
「うん……」
言葉の先を悟って彼女は小さくごめんねと囁く。ふ、と小さく笑ってから透は首筋に吸い付いた。
「だ、駄目っ、そこは見えちゃうから!」
「俺がそんなミスするわけないじゃん。ちゃんと隠れる場所選んでるって」
跡がしっかり残ったことに満足げに頷いて、耳元で告げる。
「駄目って言われてももう無理だから。お前だって、そうだろ?」
少し強めに敏感な部分を弾くと彼女はくるりと身体の向きを変えて自分から唇を重ねてきた。それが同意だと解らないほど鈍感ではない。
「生意気。」
「そっちこそ」
挑発するような視線が交わり、どちらからともなく貪るような口付けが始まる。

* * *
 服を脱ぐのももどかしい。飢えて仕方がないみたいに気持ちばかり焦っていくのを自覚しながら、二人でベッドに倒れ込んでキスを繰り返した。ゆっくりと味わっていく余裕が全くない。
「なあ、もういい?」
「……ん」
繋がることを短く告げると彼女もそうしたかったみたいに小さく頷いた。透は身体を起こして、そこを少しだけ解すように指でなぞる。
「なんだよ、びしょびしょじゃん」
「や、やだ、言わないで」
「ヤラシイ」
「と、透さんこそっ」
 負けじと彼女の小さな手が透自身に触れてきた。既に反り返って硬くなったものの先端はぬるりとしていて、それを指摘するみたいに何度もそこを中心にして撫でる。
「ハァ…っ」
「きもち、いい?」
「ん……、それ、好きかも」
 でも、と言葉を継ぐみたいにしてから、彼女に宛って一気に沈めた。
「ひ、ああっ」
「こっちのが、好き」
 言って、透は何度も何度も腰を打ち付ける。あまりの気持ち良さに気を抜くと登り詰めてしまいそうだ。
「ん、んんっ」
ぐん、と奥まで突き上げると苦しげな声が上がる。だけど、それだけではないのは疾うに知っているから、そのままで彼女の額にキスを落とした。
「とおる、さん」
応えるみたいに熱っぽい声が呼び、ぎゅっとしがみついてくる。それと同時に内部が蠢いて締め付けてくるが、きっと無意識のことなのだろう。透は達してしまいそうになるのを何とか堪える。
「ホント、生意気なんだから」
そっと囁くと意味が解らないという目が下から覗き込んできた。
「いいんだよ、こっちの話。」
「なに、それ」
「だーかーらー。何でもないっつーの。バーカ」
悪態を付くと気に入らなかったみたいに頬をつねってくる。その仕草すらたまらなくて、止めていた動作を再開させた。二人の結合部から卑猥な音が響く。
「あっあぁっ…あっ、ぁんっ」
言葉にはもうならなくて、ただ必死に受け入れる彼女はシーツを握りしめていた。背中に爪の跡でも残したら大変だと言っていたのはいつだっただろう。そんなに前のことではないのに、ずっと前のことのように思えて不思議な気分になる。
こうして肌を重ねるのが当たり前になるなんて、出会った頃は思ってもいなかったのに。
「お前はずっと俺だけのものなんだからな」
限界が近いのを知りながら、気持ちをぶつけるみたいに突き上げる速度を上げる。と。
「や、だめ……っ、ひぁっ」
声にならない悲鳴を聞いた。自分の下で弓なりになった身体が震えたのを感じて、透も自身を解放する。
「――…っ」
倒れ込むようにして抱き締めると彼女も抱き締め返してきた。暫くそのまま、互いの早い鼓動と呼吸を感じ合う。
「……透さん」
「何?」
「心配しないでも、透さんだけのもの、だよ」
あの状態でもちゃんと聞いていたらしい。かっと一瞬で顔が熱くなる。
「バ、バカじゃん。別に心配なんかしてねーし!」
くすくすと笑う彼女がそれを強がりと受け取ったのは明らかで透はふて腐れた。色々振り回しても結局は敵わないのである。
「お仕置き確定」
「え、待っ、駄目っああぁんっ!」

* * * *

「今朝キョウヤさんに怒られたんだからな。お前のせいで」
むっつりした透が再びレストランを訪れたのはランチの時間が落ち着いて暫く経ってからだった。
あの後、結局二人が寝たのは深夜遅くになってからで、透が寮へ帰ったのは朝刊が届くより少し前になってしまったのだ。そこでジョギングから帰ってきたケントとばったり合ってしまい、それがキョウヤへと伝わってしまったのである。
「だから、わたしは早く帰ったほうがいいって言ったのに」
マスターの目を気にしてヒソヒソと口早に答える彼女に透は肩を竦めた。しれっと続ける。
「けど、お前だって一緒に居たかったから、そんなに強く言わなかったんだろ。つまり、お前のせいでもあるわけ」
「なにそれ。ずるい!」
「ズルくないし。それに俺、結局エビチリ食べ損ねたし」
「それ関係ないじゃない」
「なくない。つーわけで、リベンジでエビチリ。あとコーラ」
頬を膨らまして不服そうな彼女に意地悪げな表情を作ってみせる。
「ふーん、お客様にその態度でいいんだ?」
「エビチリとコーラですね! かしこまりました!」
自棄っぱちな笑顔を残してキッチンへと戻っていく彼女の後ろ姿を目で追って、透はくすくすと笑った。今日もまだ頑張れそうである。